S町交差点を左折して。



先月、祖母が亡くなりました


今、この一行を書くまでに
ほとんどひと月かかりました
そして、この一行を書いたとき
まだ泣けてきました


おばあちゃんは、わたし達姉妹を育ててくれて
親よりもたくさん面倒を見てくれたひとです
わたし達が幼い頃から
毎日欠かさず食事の支度をしてくれて
洗濯をしてくれて
いつも家にいて、育ててくれました
それなのに、ずいぶん心配をかけたし
ひどいことを言ったり、したり、思ったり
姉はともかく、わたしは
全く良い孫ではありませんでした
外孫にはどんどん子供が出来て
おばあちゃんは玄孫まで抱っこしたのに
内孫のわたしと姉は、おばあちゃんに
曾孫を見せられませんでした

いくら後悔しても
言ってしまったことばや
やってしまった行動は取り返せない
そんなどうしようもない孫なのに
おばあちゃんは
最期のとき、待っていてくれたみたいに
姉とわたしと相方さんを
立ち会わせてくれました





母から着信があったとき、わたしは仕事中で
会社を出てから電話をすると
悪い予感が当たった内容だった
あまり容態が良くないと言う
わたしには知らされていなかったけれど
先週にも少ししんどい状態のときがあったらしい
ただ、いつ急変するかがわからないと言う
それからすぐに相方さんに電話をして
そのまま実家に帰るのか、翌日にするのか
ともかく残業を無理矢理切り上げて帰ってもらい
夜遅いということで、翌日帰ることにして
眠れない夜を過ごした
ほとんど毎週お見舞いには行っていたけど
2月に入ってからは風邪気味で行ってなくて
この日にはおばあちゃんに会いに行こうと
決めていた日がまさにその翌日だったので
後悔するやら情けないやら
いたたまれない気持ちだった

次の日
病室に入ると
おばあちゃんは酸素マスクをして寝ていて、
でも、ちゃんと息をしていた
布団に手を入れて、おばあちゃんの手を握ったら
ぎゅうと握り返して来て
その反応がとても嬉しかった
でも、目が乾いてきているのに
あんまり瞬きをしなくて
身体が冷たいほど体温が低くて
もう、いつそのときが来るのだろうか
でも今晩は大丈夫かも知れない
そう思って、一旦は帰ることにしていたけれど
少しずつ、ゆっくりだけれど変化していく様子に
思い直して、そばに居ることにした
担当してくれていた院長先生は
歯に衣着せぬ物言いをするひとで
病室に入ってきたとき
「お孫さん? 話は聞いてる? ちょっと難しいなあ」
と言った
「あなたのこと(おばあちゃんは)わかった?」
と聞かれたけれど、自分が来ていることを
伝えられる状態じゃないような気がしていて
首を横に振ると
先生がおばあちゃんの肩を叩いて、首を支えて
大きな声で名前を呼んだ
その大胆さにも驚いたけれど
もっと驚くことに、おばあちゃんは先生の方を向いて
ちゃんと返事をした
表情は、笑っているように見えた
意識はちゃんとあったんだとわかった
先生は
「こうやって声かけてみたらわかるで」
と言って笑っていた


父が18時に病院に来ると言っていたけれど
ちょうどその少し前くらいの時間に
おばあちゃんの息と息の間隔が
だんだんと長くなっていき
看護士さんが来て血圧を測ってくれたけれど
もう下は取れません
酸素もチアノーゼが出ていて
数値が取れない状態ですと言った
血圧が下がっているので、点滴の速さを調節してくれたけれど
しばらくしてから
「お知らせしたい方に連絡を」
と、言われた

そこは4人部屋で
一番奥のベッドの患者さんはずっとテレビを付けていて
隣では家のひとが様子を見に来ていて
病院内にはいつも通りのざわめきと
ひとの動きがあった
そんな中で、姉が祖母の左手を、わたしが右手を握って
ふたり共、声を殺しながら泣いて泣いて
18時に来るって言ったのに父はまだ来なくて
何でまだ来ないの、と思っている内に
おばあちゃんの、間隔の長い呼吸は
ゆっくりと、3回
少し声の混じった小さな息をして
静かに止まった


若い看護士さんが、心電図の機械を押して来て
気の弱そうな、初めて見る先生がやって来て
皆でおばあちゃんの心臓の動きを並んで見ていた
息は止まっても、心臓は動いていた
父はまだ来なくて
心臓はまだ動いているので、姉が
お父さんを待ってあげてよ、と言った
一度0になった心電図が
もう一度振り返して
それから
おばあちゃんの心臓は、動きを止めた

父と母と伯母は、臨終には間に合わなかった
まさか今亡くなるとは思っていなかったのだ
姉から連絡を受けて、父は狼狽し
いつも間違わない駐車場を間違えて
余計に時間がかかったらしかった

入院してからの4ヶ月、父はほぼ毎日
朝に様子を見に通っていた
祖母自身、とてもしんどくて怖かったと思う
何も食べられなかったし
その辛そうで弱った姿を目の当たりにすることは
家族にも辛いことだった
それが毎日であれば、なおさらだ
父は、ほんの少しの良いと思える変化や
その時々の辛い状態に
一喜一憂していたと思う
難しいことはわかっていても
すがりたかったろうと思う
わたしと相方さんが様子を見に行っても
わかってもらえないことも多かった
それでも、ちゃんと認識するとき
どんなにしんどくても
「気を付けて帰りよ、ありがとう」
と、必ずひとのことを心配した


おばあちゃんは
わたし達姉妹に心残りにならないように
後悔させないように
仕事の休みの日、電車の動いている早い時間帯に
ちゃんと最期のときに立ち会えるようにして
誰にも迷惑をかけないで
静かに亡くなっていった
それは、とても彼女らしかった
自分のことは自分でやる
よく働く
ひとの面倒もよく見る
さぼらない
そういう、彼女の生き方そのもののように思えた



**


いつも、相方さんが
わたしを乗せて病院まで運転してくれるとき
ひたすら一本道を走った後
S町交差点を左折して
おばあちゃんのお見舞いに行った
でももう、その交差点で左折する必要はなくなったのだ
今、そこでは曲がらず真っ直ぐ行って
毎週末には実家に向かう
実家のおばあちゃんの祭壇は
花や果物やお菓子など
お供え物で賑やかだ

遺影の写真は14年前のもので
真顔にも、微笑んでいるようにも見える
時によりたしなめられているようで
時により褒められているように見える
眺めるこちらの心持ちが、返ってくるのかも知れない
その、己の依存心の強さに苦笑してしまう

たまに叱られることはあったけれど
いつもかばってくれて甘やかしてくれた
そんなおばあちゃんに、わたしは今でも
甘えているのだと思う



***


万分の一も返せなかった愛情や恩がある
おばあちゃんの、これからの幸せを祈りたい
言い切れないありがとうと大好きを
あなたの孫に生まれてくることが出来て、良かったですと
心から、出来るだけたくさん伝えて
いっぱいの思い出を、忘れずにいきたいと思う

わたしが、毎日ちゃんと
元気に、ごはんを作って食べて、お仕事をして
喜怒哀楽を表しながら、相方さんと仲良く
そうやって、一日一日を大切に生活することを
おばあちゃんは多分、喜んでくれると思うから
今は元気がなくて、日常生活に順応していることも
少ししんどいけれど
哀しむときは思いきり哀しんで
居なくなったことが淋しいと思うときは
思いきり淋しがることにした
そして、時間が経って、日にち薬が効いて来た頃
また、楽しくお喋り出来ると思う




まだまだ書くことはあるんだけれど
今日はこの辺で置いておきます

こんな、長い文章を読んでくれた方がいらっしゃいましたら
どうもありがとうございます
Commented by drawn_game at 2009-03-22 16:21
私の父が亡くなった時に、あなたが私のブログにコメントしてくれた言葉を今、そのまま返します。

「ありがとう、いい文章です。」

からだ、気をつけて。またお茶でも。
Commented by こぶ七 at 2009-03-23 16:31 x
じゃあ、ぼくも祖母がなくなった時に、あなたにいただい言葉で
「良いテキストを読ませてもらいました
すごくいい文章だとおもいます
どうもありがとう」
最近は、「RADIO EVA」というサイトでブログ書いてます。
つまんないこと書いてるけど、笑ってもらえれば。
Commented at 2009-03-26 08:10
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by electric-prophet at 2009-05-06 16:12
どろんちゃん
どうもありがとう
いつもこのようなテキストにコメントをくれるね
心強く思います

ひとがひとを思って書く文章というのは
それが明るかろうが暗かろうが
たとえ文体が激しいものでなくとも
差し迫った気迫のようなものを感じる
そういうものを読むのが好きです
あなたのブログの記事も、そうだったんだよ

*青*

Commented by electric-prophet at 2009-05-06 16:18
こぶ七さん
お久しぶりです、hirohagi兄ちゃんですよね
読んでいただいているとは思いもしませんで、驚きました
また、コメントを書き込んでいただいたこと
本当にうれしく思います
ありがとうございます
いかなごのくぎ煮を見かける度に、こぶ七さんを思い浮かべます

RADIO EVA の今日の太言、読ませていただいてます
おお、こぶ七さんの文章だ!と思います
下らおもしろくて(ほめ言葉です)ちょこちょこ見に行きます
そして、今
激しく映画「序」が観たくなっております

*青*

Commented by electric-prophet at 2009-05-06 16:35
施錠の貴方さん
コメントありがとうございます
いつもどうもありがとう、元気でやっています

>何があるのか分からないのが人生。
ほんとうにそうなのでしょう
わたしはまだ実感とまではいきませんが
学生時分より、その言葉がわかるようになってきました
家族が亡くなる(居なくなる)ことを想定していると
後悔しないように、というのは思いますが
同時に、難しさも感じます
今度のことは、本当に、色々見させてもらって
学ばせてもらったなと思います

伝えること、表すことは後回しにしないという施錠さんの行動は
誰が相手でも、とても大切なことだと思います
それは、自分のためでもあると思うから
大事にしてあげて下さい

*青*

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by electric-prophet | 2009-03-16 23:00 | 日々好日 | Comments(6)

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by electric-prophet
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