「私はそうは思わない」


佐野 洋子さんが亡くなられた

今日、この時が来てしまったのかと思う
いつも心に引っ掛かっていた心配事が
パソコンの画面越し目の前にやって来ていた

会ったこともない作家の死に
泣くものだろうかと思っていたら
その日が来れば何のことはない
しばらくして涙が出てきていた
それからどこか沈んだままだ
佐野さんが亡くなったよと
夫に話すこともしていない
わたしがひとりで沈んでいることを
わたしのほかは誰も知らない


佐野さんは十代の頃から好きな作家さんだった
文章が面白く、絵も素敵で
でも田舎の本屋さんには彼女の本は
絵本以外なかなか置いていなかった
だからときどき大きな本屋さんや図書館に行くと
(と言ってもジュンク堂や紀伊国屋などではない
 それも田舎の、もう今はない本屋だ)
わたしはいつも「さ」行を探した
ばかの一つ覚えみたいに探して
やっと見つけては手に取った
そして自分の部屋で寝転がって
小さな電気ストーブを頭の上に置いて
座布団の上で読むのだ
熱中して読む内に、着ていたセーターや頭が
ストーブの熱で異常に熱くなり
燃えてしまう! と飛び退いたことが何度もあった
他の本でもそうなっていたのだと思うし
夏にも秋にも春にも読んでいたと思うが
佐野さんの本を思い浮かべると
その場面がセットになって思い出される
わたしはまだ十代半ばで
自分の未来にぼんやりと、不安と希望を持っていた


2年前、ハードカバーで買った
『シズコさん』と『役に立たない日々』で
佐野さんががんであることを知った
延命治療はやらないと書いてある
それからその本を読み進められなくなった
怖いと思ったからだ
佐野さんがいなくなる日が来るのが怖い
ばかみたいだけど、そう思った

それから今まで、続きを読まなかったかと言うと
そうではない
細かく時を割り読んだような気がする
気がするというのははっきり覚えていないからで
でも本をめくれば、あれ、知ってるなと思う
そしてやはり面白く、どんどん読んでしまうのだ
自身の辛かったことや病気のことを
これだけさっぱり書くひとを知らない
わたしが書いたらもっと湿気が多くなるだろう
そして彼女が
60歳のときの文章も70歳のときの文章も
短髪で笑ういい女の
40歳ぐらいの佐野さんが書いているように
わたしには読めていた
それがとても不思議だった
説教臭くなかったからだと思う

2冊のハードカバーは不安なまま面白く読んだ
わたしとは意見が異なることも
わたしとは違うなと思いながら面白く読んだ
そしてたくさん笑って憧れて、何度も泣いた



わたしは佐野さんに対して
高校生のころと全く変わっていない
佐野さんの本との出逢いが
いつ、どのようにしてあったのか
全く覚えていないけれど
執拗に「さ」行を探して歩いた小娘のまま
佐野さんが亡くなったという
淡々としたニュースの文字を追っていた

初めは自分と近いひとのような気がして
すぐにそれは勘違いなのだと気付いて
それでもずっと大好きだった

佐野さんみたいに、「私はそうは思わない」と
言えるひとになろう、言えるひとであろうと思った


わたしが何かしら書いたり描いたりしている
その根っこのところには
佐野さんが刺さっているのだと思う
たくさん刺さったひとやものや出来事の
間違いなくその中のひとりとしてそこにある
一度お逢いしたかったが叶わなかった
それはとても残念だけれど
彼女の書いた本はここにあるから
それでいいのだと思う


佐野 洋子さん

ありがとうございました
これからもどうぞ、よろしくお願いします



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by electric-prophet | 2010-11-05 23:09 | ことばことのは | Comments(0)

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